【細胞運命の可塑性から解く組織恒常性と環境応答】
われわれヒトを含む動物の一生は、受精卵にはじまり、発生、成体を経て老化のプロセスを辿り、最終的には個体死を迎えます。その過程で遺伝子の変異や外界からの刺激(ストレス・損傷)、温度や栄養などの環境変化に常に晒されています。個体はどのようにして内外からの摂動に応答して恒常性(ホメオスターシス)を維持するのか、そして病態をはじめとした劇的な変化や異常を示すのでしょうか。中嶋グループでは、組織恒常性の維持とその破綻による病態発症のメカニズム、そして環境応答のメカニズム解明を目指し、モデル動物であるショウジョウバエやクラゲ類を用いた研究を進めています。遺伝学的な解析に適したショウジョウバエ、そして生物学的に興味深い特性を示すクラゲの、それぞれの個性を活かした研究テーマを展開しています。
組織恒常性や環境応答を理解する上でのキーとなる細胞レベルの現象として、「細胞運命の可塑性(細胞可塑性)」に注目しています。細胞可塑性とは、分化した細胞(例: 上皮細胞、筋肉細胞、神経細胞)が別の細胞種に変化する「運命転換」や、細胞の分化に逆行した若返りともいえる「脱分化」(例: 分化細胞から幹細胞/前駆細胞へ)を指します。細胞可塑性は、内外の摂動に対して誘導される細胞応答の1つと考えられますが、その生体内での制御メカニズムや役割の多くが未解明です。
これまでに、ショウジョウバエの上皮組織を用いて、細胞の入れ替わり(ターンオーバー)を制御する増殖細胞と死細胞の相互作用や、細胞の分裂方向の制御に注目して研究を行ってきました。上皮組織において、細胞は上皮と平行に細胞分裂しますが、分裂方向の異常を経た細胞は組織から脱落して細胞死します。一方、遺伝学的に細胞死を抑制した状況では、上皮から脱落した細胞が間葉様の細胞に運命転換(上皮間葉転換)して腫瘍形成することを見出しました。細胞分裂方向の変化が細胞可塑性を誘導する、という発見を契機として、ショウジョウバエに組織損傷や栄養変化、老化などの様々な摂動を与えた際の細胞可塑性に着目したプロジェクトを展開しています。シングルセル解析や次世代シーケンス、細胞系譜解析を駆使して、新規の細胞種の同定や細胞状態を捉えるアプローチを積極的に導入しています。また、病態における細胞運命の変化を理解するために、ショウジョウバエを用いた腫瘍移植モデルも立ち上げています。腫瘍は移植された非腫瘍性の宿主側組織や細胞と相互作用することで、宿主側の状態をリプログラムすることがわかってきています。
こうした環境応答の仕組みは動物界で広く保存されているのか、そして、どのように進化してきたのでしょうか。原始後生動物ともいわれる刺胞動物は、左右相称動物の姉妹群で、二胚葉性のシンプルな体と高い再生能力を特徴とし、約5億年前から存在しています。われわれは、ヒドロ虫綱に属するエダアシクラゲ (Cladonema pacificum) を、環境応答の仕組みを理解するための新しい実験動物として導入しています。エダアシクラゲは、無性生殖で固着性のポリプと有性生殖で遊泳するメデューサ(いわゆるクラゲ)という2つの成体ステージからなります。ポリプはストロンという構造を伸長して群体(コロニー)を形成しながらメデューサを産生し、メデューサは成長とともに分枝する触手や原始的な眼(眼点)をもちます。興味深いことに、エダアシクラゲは、損傷に応答してメデューサ芽からストロン、そしてポリプからストロンへの個体レベルの運命転換(若返り現象)や、栄養や温度環境の変化に敏感に応答して生活環を制御します。エダアシクラゲが備えている細胞や個体レベルの高い可塑性に注目して、環境応答の未知のメカニズムや進化的な起源を明らかにしたいと考えています。さらに、エダアシクラゲの遺伝子操作を可能とするための技術開発(変異体作製・ノックダウン・遺伝子組換え)も進めています。
【文献】
*Nakajima, Y., Lee, ZT., McKinney, SA., Swanson, SK., Florens, L., Gibson, MC.: Junctional tumor suppressors interact with 14-3-3 proteins to control planar spindle alignment.
Journal of Cell Biology. 218, 1824-1838, 2019.
Fujita, S., Kuranaga, E., and *Nakajima, Y.: Cell proliferation controls body size growth, tentacle morphogenesis, and regeneration in hydrozoan jellyfish Cladonema pacificum. PeerJ. 7: e7579, 2019.
Nakajima, Y., Meyer, EJ., Kroesen, A., McKinney, SA. and Gibson, MC.: Epithelial junctions maintain tissue architecture by directing planar spindle orientation.
Nature, 500, 359-62, 2013.
Nakajima, Y., Kuranaga, E., Sugimura, K., Miyawaki, A. and *Miura, M.: Nonautonomous Apoptosis is Triggered by Local Cell Cycle Progression during Epithelial Replacement in Drosophila.
Molecular and Cellular Biology, 31, 2499-2512, 2011.
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