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Observation, Experiments, Discoveries....

【発生・成長・老化・再生における代謝スイッチ機構】
組織修復は生体が損傷した際の重要な防御応答の一つであり、個体の生存に不可欠なメカニズムです。多細胞生物は多様な臓器連関(組織間相互作用、組織同士のやり取り)によってその健常性が維持されていますが、組織修復の過程においても他の組織からのサポートが重要である可能性が示唆されてきました。しかしながら、組織修復を支える体内環境因子の分子実体や、その普遍性についての理解は依然として立ち遅れています。我々は、遺伝学的な解析手法に優れたショウジョウバエ幼虫を組織修復のモデルとし、代謝産物測定技術を駆使することで組織修復を支える体内環境制御メカニズムの解明に取り組んでいます。損傷した組織の修復は生体の恒常性維持に重要であり、このメカニズムが破綻すると予後の悪化、ひいては個体の死を招きます。近年の分子生物学の発展によって傷害を受けた組織がどのように修復されていくのか、その分子機構が明らかになってきました。しかしながら、これまでの研究では、傷害を受けた組織そのものに着目したものがほとんどで、修復中の組織に対して周囲の組織がどのように働きかけをして、その修復をサポートしているかはあまり研究されてきませんでした。
 ショウジョウバエ幼虫には成虫原基と呼ばれる、成虫の器官の元となる上皮組織が存在しており、成虫原基は古くから再生能力を持つことが知られていました。ショウジョウバエは局所的かつ一過的な遺伝子操作を簡便に行える優れた実験系が発達しています。さらに近年、個体内において、複数の組織で同時にかつ独立して遺伝子操作を行う技術が発達してきました。我々は、成虫原基への一過的な組織傷害の誘導を行いつつ、そこからの修復過程をサポートする遺伝子を「離れた組織」で解析する実験系を構築しました。この系を用い、脂肪体においてアミノ酸の一種であるメチオニン代謝の適切な調節が成虫原基における組織修復に必須であることが示されましたが、実際にどのような因子が修復に寄与するかは不明でした。修復初期の体液(昆虫には血管がないため体液が脊椎動物の血液に相当する)メタボローム解析によって、修復時における体液中の代謝産物組成の変化を追ったところ、血中のトリプトファン量が傷害を受けた個体で高いことが判明しました。トリプトファンは哺乳類においては肝臓でその多くがキヌレニンに代謝されているため、ショウジョウバエにおいて肝臓と同様の働きをする脂肪体という組織の働きに着目しました。その結果、成虫原基の修復時に脂肪体で活発に起こっているトリプトファン-キヌレニン代謝経路が変化し、脂肪体でのみ人為的にトリプトファン-キヌレニン代謝を阻害したところ、遠隔的に成虫原基の修復が阻害されることが判明しました。特に、トリプトファン-キヌレニン代謝の最下流の代謝産物であるキヌレン酸の産生が修復に必要とされたことから、トリプトファン-キヌレニン代謝を阻害して修復できなくなった個体にキヌレン酸を餌に混ぜて経口投与したところ、修復能力の回復が見られました。さらに、メチオニン代謝との関係を調べるため、脂肪体内でS-アデノシルメチオニン産生を阻害したところ、トリプトファン-キヌレニン代謝の阻害と同様に血中のキヌレン酸量が減少し再生阻害が引き起こされました。以上の結果から、修復期におけるメチオニン代謝とトリプトファン代謝同士のつながりも明らかになりました。
 現在、脂肪体が組織損傷をどう感知して、どのようにメチオニン代謝やトリプトファン代謝を変化させるのかといった、傷害組織と脂肪体のコミュニケーションを介在する因子を明らかにする研究を行なっています。加えて、組織再生からさらに発展させ、局所的な代謝変動が老化や発生にどのような役割を果たすのかを明らかにすべく、研究を押し進めています。

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【文献】
Kashio, T., and *Miura, M.: Kynurenine metabolism in the fat body non-autonomously regulates imaginal disc repair in Drosophila.
iScience 23, 101738, 2020.
Kashio, S., *Obata, F., Zhang, L., Katsuyama, T., Chihara, T., and *
Miura, M.: Tissue non-autonomous effects of fat body methionine metabolism on imaginal disc repair in Drosophila.  Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 113, 1835-1840, 2016.
Kashio, S., *Obata, F., and *
Miura, M.: How tissue damage MET metabolism: Regulation of the systemic damage response.
FLY 11, 27-36, 2017
Kashio, S., Obata, F., and *
Miura, M.: Interplay of cell proliferation and cell death in Drosophila tissue regeneration.
Dev. Growth Diff. 56, 368-375, 2014
*Lee W-J., and *
Miura, M.: Mechanisms of systemic wound response in Drosophila.  
Cur. Topics Dev. Biol. 108, 153-183, 2014

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